「シリア情勢」青山弘之著 2017年5月18日 吉澤有介

-終わらない人道危機-     岩波新書2017年3月刊
「今世紀最悪の人道危機」といわれて多くの難民を生みだしているシリア内戦は、なぜ起こったのでしょうか。その悲惨な事態はいつまで続くのでしょうか。著者は、中東問題を専門とする東京外語大学総合国際学研究院教授で、複雑なシリアの情勢を冷静に分析して、その実態を明らかにしています。シリアの内戦は、単なる「内戦」ではありません。
かって「文明の十字路」と呼ばれ、世界最古の都市の一つであるダマスカスを首都とするシリアは、中東随一の安定した強い国家でした。そのシリアが、「強い国家」から「破綻国家」に転落したきっかけは、2010年にチュニジアで始まった「アラブの春」でした。その抗議デモは瞬く間に拡大し、チュニジア、エジプト、リビア、イエメンなどの政権を打倒し、体制を崩壊させました。「アラブの春」は2011年春にシリアにも波及しました。しかしシリアでは、政権は倒れませんでした。軍、治安当局がこのデモに極めて過剰な弾圧を加え、「反体制派」は武器を持って抵抗するという凄惨な内戦に突入したのです。
「アラブの春」は、通俗的に既存の独裁政権は「悪」、それに対抗する民主化デモは「善」で、「悪」を打倒することが必然とされ、シリアの政権は「悪の加害者」と見られがちです。確かに政権側の過剰な実力行使が原因でしたが、デモの側にも問題がありました。抗議デモは小規模、地域的だった上に指導者もバラバラでした。反体制派の主力とみられた「シリア国民連合」は、メンバーのほぼ全員が国外に逃れての遠隔操作で、民主化も掛け声に過ぎず大衆の支援は得られませんでした。彼らはその弱さをカバーするため、外国に支援と軍事介入を求めたのです。しかも過激派アル・カイーダに頼るなど、手段を選びませんでした。軍から離反した「自由シリア軍」も組織としての実態はなく、反体制派内部の対立抗争もあって有力な受け皿がなく、アサド政権は相対的に優位を確保していました。
しかし諸外国の介入がこの内戦を「国際問題化」してしまったのです。それはシリアの「中東の活断層」といわれる地政学的立場によるものでした。シリアはイスラエルと対峙し、軍事抗争を繰り返してきました。欧米諸国にとっては目の上のコブであり、ロシアにとっては格好な手駒です。しかもロシアには主権尊重という大義がありました。そのバランスが、「戦争でもなく、平和でもない」微妙な状態を生み出したのです。問題を複雑にしたのはISの台頭でした。諸外国の干渉は、「人権」か「主権」かの争いに「テロとの戦い」が加わり、互いに正義を主張してやみません。しかし実態はすべてが干渉の口実でした。
かくして内戦は、悲惨な難民を生み出しましたが、欧米諸国の制裁は中途半端のままでした。シリアの混乱は、他の中東アラブ地域の混乱を食い止める「安全弁」であり、またイスラエルの安全保障にもなっていたのです。「人権」はお互いさまで争点にならず、干渉には新たな口実が必要になってきました。情報戦の末、「化学兵器使用疑惑」の応酬が始まりました。ここで米国は「穏健な反体制派」支援に出ましたが、実は彼らもテロ組織と共闘していて、まるでテロを支援する形のマッチポンプです。アサド政権は、現体制での強い国家の回復を主張しています。最後の局面はどのように展開してゆくのでしょうか。「了」

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