生物の「安定」と「不安定」 浅島誠著 2017年4月20日 吉澤有介

- 生命のダイナミクスを探る - NHKブックス2016年12月刊
著者は、新潟県佐渡の生まれで東大名誉教授、発生生物学が専門です。分化功労者にも選ばれました。幼い頃から自然に親しみ、田んぼや池の水の中のカエルやイモリの成長の不思議に感動して、のちに発生生物学の道に進むことになったといいます。そこで生命という出来事の複雑さに驚き、かつ悩んできました。生命には本質的に、環境に応じて「安定」に向かおうとする動きと、それと矛盾する「不安定」に向かう動きがあって、つねに変動していたのです。それは固体だけでなく、種全体にも見られることでした。
地球上の生きもののほぼすべては、命の根底にDNAという物質構造とその機能によって生命を維持してきました。
1953年にワトソンとクリックが、すべての生きものの体の構造と機能が4種の塩基の配列によって決まることを明らかにして、生命科学の流れが大きく変わりました。
遺伝子の構造の発見は、「タンパク質をつくるための仕組みの解明」という意味を持っていたのです。それは「セントラクドグマ」と呼ばれ、遺伝情報がDNAの複製を経てRNAに転写されて、さらにタンパク質へ翻訳されるという一方向の流れでした。
生命が活動してゆくためには、その流れが安定していなければなりません。ところが、それぞれの段階で変化が起きることがあるのです。塩基が置換したり欠損すると、突然変異を起します。しかしDNAには一応の修復機能があるので安定させようとします。でもすべてがうまくゆくとは限りません。タンパク質の機能に障害が出て病気になるのです。
またゲノムから遺伝子が必ずしも同じように「発現」するとも限りません。場合によっては同じ遺伝子配列が違うタンパク質を合成することもあります。それが「エピゲノム」現象で、環境要因によって後天的に修飾され、その変異が遺伝してゆきます。生きものは、安定化の傾向を持ちながら、不安定化する傾向とのせめぎあいの中に生きているのです。
ヒトのDNAは30億塩基対ありますが、二重螺旋の鎖を伸ばすと細胞ごとにほぼ2mになり、全身40兆個の細胞を合わせると800億kmの長さで、地球と太陽を267往復に相当します。このDNAこそがすべての源でした。セントラルドグマは、DNAの構造とともにタンパク質合成の仕組みも明らかにしましたが、近年は「分解」のプロセスが注目されています。
生体内では合成と同じペースで分解が進んでいます。しかしその「壊す仕組み」もうまくゆかないことがあるのです。このときに活躍する仕組みの一つは分解酵素の働きで、出来損ないのタンパク質を除去します。もう一つが細胞の「自食(オートファジー)」作用で、2016年に東工大の大隅良典名誉教授がこの業績でノーベル賞を受賞しました。
個体は、すさまじい勢いで「合成」と「分解」のバランスをとっています。その恒常性に防御システムがあります。恒常性が破壊されるのが「炎症」ですが、そのとき修復に向かうのが「免疫」です。多くの疾患でその働きが「動的安定性」として解明されています。
著者は発生学を専攻してきました。イモリやカエルの実験を通じて、iPS再生医療や老化と寿命についても、多くの事例を挙げて分かりやすく解説しています。生きものが微妙なバランスの上にあることを示して、先制医療(予防医療)への道を探っていました。「了」

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