「水の未来」沖 大幹著 2016年8月30日 吉澤有介

グローバルリスクと日本
環境問題は深刻化する一方ですが、最近その捉え方はかなり変わってきています。これまでは化石燃料の使用に伴う二酸化炭素排出による気候変動こそが、地球環境問題の中で最も深刻で最も重要な課題とされていました。しかし人類の持続可能な社会の構築に対する深刻な阻害要因となるグローバルリスクは他にもいろいろあって、気候変動もそうした数あるリスクの一つに過ぎないという認識が広まってきたのです。
この変化は、極端な環境至上主義や太古の自然への復元を求めるよりも、環境保全は究極的には人類の幸福追求のためだとする現実的な考え方になってきたことを示しています。生態系からのサービスを、より適切に持続的に活用してゆこうとするのです。そこで従来は国連組織や各国政府が取り組んでいた環境問題に、企業や民間セクターまでが参加するようになってきました。長期的なリスクマネジメントとしての共通の課題だからなのです。
そして世界経済フォーラムは今年、900人の専門家が選んだ今後10年間で最も懸念されるグローバルリスクが水危機であると報告しました。具体的に次の3点を挙げています。
①人口増加の2倍の速度で水利用が増大している
②毎年350万人が飲料水などの不衛生で命を落としている
③この6年間だけでも旱魃、洪水、高潮で30万人が死亡し、約50兆円の被害が出た

世界では、地震よりも風水害の被害のほうがはるかに深刻です。気候変動リスクよりも水危機のほうが、潜在的に重大だとは意外かも知れませんが、気候変動が現実に被害として現れるのが水のリスクとして認識されているということです。
水は本来ローカルでしか利用できない資源です。しかし近年は社会経済的なグローバル化が進展して、ある国や地域の洪水や渇水などの問題が、世界に大きく影響するようになってきました。水の利用を量と質の両面から定量化して評価するフット・プリントの考え方も検討されています。食料生産に必要な水の量がよく問題になりますが、主要な穀物や肉類を輸入する日本は、それらの食糧の水消費原単位から、仮想水輸入量が推計できます。日本の暮らしは世界の水に頼っていました。水・エネルギー・食料は密接に関係しています。グローバル化した世界では一国だけの幸福はありえません。数年に渡ったシリアの旱魃は、内戦と難民発生の原因とされています。水不足は貧困の象徴です。世界の安定のために、国際的な水への支援による、すべての地域の社会基盤の整備が重要なのです。

気候変動の原因を元から断つのが緩和策です。しかしそれだけで変動の悪影響を完全に抑えることは現実的ではありません。即効性も期待し難いのです。そこで対症療法としての適応策が見直されることになりました。著者はその推移を、IPCCの報告などで丹念に追っています。

適応策は統合的水資源管理が重要とされていますが、超過洪水などの治水には大きなコストがかかります。一方温室効果ガスの排出削減コストも高い。どちらも完全性を追うと経済が貧しくなって、幸福度が下がることになる。そのバランスをどう考えるのか。しかし緩和策と適応策は二者択一とは限りません。両立させる知恵はないか。緩和策にこだわった日本は、適応策に遅れています。どんな未来を目指すのでしょうか。「了」

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