「私たちは今でも進化しているのか?」マーリーン・ズック著2015年9月10日吉澤有介

私たちの体は、何十万年もかけて進化し、その期間の99%は、狩りや採集をする小さな集団で生活していました。私たちがそのような生活に完全に適応していたとするなら、ここ数千年でサヴァンナからアスフェアルトでの生活に移行した人間が、現代の生活のペースについていけないのは当然だという人たちがいます。たしかに人間は、相対的にはあっというまに農業を発明し、町や都市に住み、月にまで到達しました。これでは肥満や高血圧・糖尿病やストレスによる各種の病気になるのも無理はないというのです。そこで人間は、大昔の祖先と同じ生活をすれば、より自然で健康になるという主張が生まれました。
しかし私たちの祖先である原人が、どこかの時点で完璧に環境に適応していたと考えるのは、全く幻想に過ぎません。どの時代でも自然は危険に満ちており、進化は今も継続しています。その進化も、良い方向だけとは限らず、たまたま自然選択をくぐり抜けた遺伝子を持つ個体だけが生き残ってきました。まだ進化の途上で、最終型ではないのです。
ただ進化には、途方もない時間がかかるというイメージがありました。ところが最新の研究で、驚くほど短時間で進化した事例が明らかになっています。著者は、ハワイ諸島に生息するコオロギが、その鳴く声を目当てに攻めてくる寄生ハエと戦ううちに、僅か5年(約20世代)の間に鳴かない新種に変わっていたことを発見しました。コオロギのオスは、メスを呼ぶことより、寄生ハエを避ける戦略を重視したのです。人間の事例もありました。
離乳後もミルクを飲むのは人間だけです。哺乳類ではすべてミルクにラクトース(乳糖)が含まれており、その消化にはラクターゼという酵素が必要ですが、離乳期になるとそれが消えてミルクが飲めなくなってしまいます。ただ人間だけが、牧畜の1万年ともいう歴史のうちに、体内のラクターゼの活性を持続させる遺伝子を持つようになりました。一方、ミルクを飲めない人たちもいるので、これは文化的習慣による自然選択の結果なのです。 またチベットの高地の住民には、高山病を起こさない独特の遺伝子変化が認められました。たかだか3000年ほどのことですから、これも極めて速い進化といえるでしょう。
さらに身近な事例として著者は、私たちの体の動き、とくに走る能力について考察しています。初期人類は待ち伏せ型だったとみられますが、獲物を追ううちに次第に走る能力が発達しました。持久走に優れていたふしがあります。最近ATCN3という遺伝子が注目されています。すばやく収縮する筋線維を制御するタンパク質の生成に関与し、五輪選手でその変異の差が認められたそうです。ただ運動能力には、あまりにも多くの遺伝子が関わっているので、その判断はまだしばらく先のことでしょう。
私たちの食の進化についても多くの発見がありました。それは人間の遺伝子だけでなく、体の中や周囲の環境にいる微生物にあったのです。日本人は他の集団よりも多くの海藻を食べてきました。その腸内細菌叢には海藻の遺伝子が見られますが、北アメリカ人にはありません。これは日本人独特の、海藻から腸内へ遺伝子が水平移動した事例だそうです。
進化には、アレグロとアダージオの要素があるという本書の主張は刺激的でした。「了」

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