「石と人間の歴史」蟹澤聡史著 2015年8月25日 吉澤有介

人々が見出し、愛し、守ってきた地形や景観は、いろいろな時代の地層や岩石が、地球の長い歴史とともに長大な時間をかけて造り出したものです。そして建築物や石像などの文化遺産には、多様な種類の岩石が用いられてきました。人間と石との関係は、いまから250万年前のアフリカに住んでいた、ホモ・ハピリスの石器に始まったといわれます。その後、ヨーロッパではBC4000年~BC1000年代に巨石文化が発達しました。
本書では、地球の歴史という大きな視点から、著者自身が調査した興味深い話題を中心に、岩石の成因や特性、人々との関わりが時代とともに生き生きと述べられていました。
イギリスやアイルランドには、巨石の遺跡が密集しています。その中でもストーンヘンジがとくに有名でしょう。BC2950年からBC1600年にかけ、3期にわたって構築された遺跡ですが、そこに用いられた石は、まずブルーストーンと呼ばれる粗粒玄武岩、さらに流紋岩、凝灰岩などで、いずれも380kmも離れた遠隔地から運ばれたものでした。どのようにして運んだのか、また使用目的は何かなど、まだ確かなことはわかっていません。
イギリスには、先カンブリア時代から古生代、中生代、新生代と長い地質時代の地層が累積しています。18世紀末に始まった産業革命で、地下資源の開発が急務になり、そこから近代地質学が確立されました。岩石の露頭や化石もあちこちに見られ、造山運動の経過がよくわかるのです。ウェストミンスター大聖堂の旧赤色砂岩は「即位の石」として、歴史に登場します。古い城には重厚な新赤色砂岩がよく用いられていました。ドーバー海峡のチョーク層は、宮澤賢治に北上川の岸辺を「イギリス海岸」と名付けさせました。
地中海沿岸は、中生代末期から新生代初めにアフリカ大陸がユーラシア大陸に衝突したアルプス造山地帯です。古生代にあったバンゲア超大陸に生まれたラチス海の名残が地中海になったのです。ギリシャの神殿は殆ど石灰岩からつくられています。デルフォイは地震の多い地域にあります。アポロンの神託は、地中の深い亀裂から響いてくる音を巫女が聴き唱え、断層から噴出したメタンなどに恍惚となって発したものらしいのです。イタリアでは、石灰岩は変成して大理石になりました。ミロのヴィーナスもその一つです。石灰岩や大理石が温泉水などに溶けて再び沈殿して硬化したものがトラバーチンで、ローマのコロッセオなどに用いられました。またローマ時代の水道橋は花崗岩で、一部はまだ使用されています。18世紀に造られたドレスデンの聖母教会が、今次大戦の空爆で破壊され、そのエルベ砂岩の残骸から元の姿に再建されたことも、まさに奇跡を見る思いでした。
エジプトは石から出来た国家だといわれます。アフリカの大地溝帯の形成によって花崗岩や片麻岩、堆積岩、石灰岩など豊かな石材が利用できたのです。ナイル川はその運搬に好都合でした。それにしてもピラミッドなどの重量はたいへんなものです。ロゼッタ石はアスワン花崗閃緑岩でした。モーツアルトの「魔笛」にまつわる新鉱石もあるそうです。
アジアでは、5500万年前のインド大陸の衝突がヒマラヤを形成し、大きな横ズレ断層が発達しています。アメリカ大陸の生成、日本の石文化など、話題はつきませんでした。了

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