英国パッシブハウス・コンフェレンス2014参加 2014/10/31荒川英敏

  ロンドンだより その47

 先日、ロンドン郊外のスチブネス市で行われた、英国パッシブハウス・コンフェレンス2014に参加して来ました。パッシブハウスは1991年にドイツのパッシブハウス研究所によって提唱された省エネ住宅の基準であります。コンフェレンスの概要を下記致します。

                 記

開催日:201410168(木)09:00 18:00

場所:スチブネス・アート・レジャー・センター

主催団体:BRE(Building Research Establishment)英国建築研究機構

     Passivhaus Trust(英国パッシブハウス協会)

スポンサー:Munster Joinnery(英国の断熱窓、ドアの専門メーカー)

      Kingspan(パッシブハウス専門住宅メーカー)

展示会場出展社:上記2社に、AIRFLOW社を含むPH認定建築資材,設備関連業者27社が会場ホールに出展していました。

参加者:英国建築学会、業界関係者約250名と大学建築学科専攻学生約50名の計約300

プログラム:09:0018:00まで、基調講演とパネル討論会、更に、パッシブハウス基準の業務施設向け適用、新築住宅向けの適用、既設住宅向けの適用の三つのセッションに分かれての10のセミナーが行われ、私は、新築住宅向けの適用に参加しました。

講演、セミナーの要約(抜粋)

①基調講演 英国の持続可能型社会に貢献する低炭素住宅

 講師:リン・サリバン女史(英国グリーン・コンストラクション委員会委員)

英国は、地球温暖化と言う人類が直面する重大な環境問題に、国を挙げて取組むことをコミットしており、2050年にCO2排出量を1990年比で80%削減を目標としている。その為国は様々なCO2削減策を実行している。その一つとして、2008年に2016年以降の新築住宅、2019年以降の新築の商業施設、業務施設、公共施設すべてをゼロカーボン仕様で建築すること法的拘束力を持って実施することを発表しており、着々とその準備が進捗している。

翻って、1997年の京都議定書で決議された主要国のCO2削減目標(1990年比での2012年のCO2排出量)を英国は既にクリアーしており、削減目標-12.5%に対して-25%と世界トップレベルである。ちなみに主要国の2012年のCO2削減率は以下の通りである。

                削減目標       削減達成率

      ロシア        0%          -31.8%

      イギリス      -12.5%         -25.0%

      ドイツ       -21%          -24.8%

      デンマーク     -21%          -24.1%

      アメリカ       -7%           +4.3%

      日本         -6%           +8.8%

      カナダ        -7%          +18.2%

      (尚、アメリカ、カナダは後に、京都議定書からの離脱を発表している。)

英国は様々なCO2削減策を実施しており、住宅に関しては、新築住宅向けのゼロカーボン化は2016年からスタートするが、パッシブハウス基準は住宅本体の断熱性能と気密性能の向上と一次エネルギー消費を制限しているので、結果として、ゼロカーボン化に貢献することは明らかである。更に、断熱、気密性能の向上は居室の空気環境を良質に維持する必要があり、適切なMVHR(熱交換型換気システム)の設置が必須となる。併せて、建築業者や消費者に対するMVHRの必要性を教育していく必要があることも忘れてはならない。

パッシブハウス基準で建設すると従来型新築住宅より建設コストが約10%上がると言われているが省エネ性による一次エネルギー消費量の削減によるランニングコストが削減とその快適性を鑑みると、十分に消費者も納得すると考えている。

パッシブハウスとゼロカーボンハウスの違いは、パッシブハウスは建物のエンベロップ(外気に接する外壁、屋根、窓、ドア、床)の断熱、気密性能の向上と換気に力点があるが、ゼロカーボンハウスはエンベロップの性能は酷似しているが、更に、オンサイトやオフサイトで作られる再生可能エネルギーの利用やカーボン・フット・プロリント(建築に係わる全ての建材や設備の製造時や輸送時に発生するCO2と建築現場での機材の運転や作業者の通勤の車や公共交通機関に係わるCO2のトータルの排出量を最低にする考え方で、特に建材等は地産地消を推奨している)等を勘案していることである。

パッシブハウス基準の住宅は昨年までの実績で250戸とまだ少ないが、今後も建築業界や消費者に対してパッシブハウスの良さを知らしめることは我々の重要な責務と考えている。

②ブラッセル市に於けるPH住宅の適用について

  講師:セバスチアン・モレノ氏 (ベルギーの建築家)

ベルギーもEU指令に基づき国を挙げて2030年の44%CO2削減に取り組んでおり、その  一つとして、ブラッセル市では2021年以降の新築住宅はNew Zero Energy HouseNZEH)の建築が義務付けられるが、住宅の性能はパッシブハウス基準となる為、NZEHの啓蒙を兼ねて消費者や建築業者へのフリーアドバイスサービスを行っている。

③パネル討論会 題目:英国に於けるPH導入について 

   出席者:デビッド・アダム氏(Zero Carbon Hub)

       ジョン・ガートランド氏(PHUK代表)

       エマ・オスマンダーソン女史(エクスター市住宅部)

       ジョン・デフバー氏(建築家)

       マーク・バリー氏(建築家)

住宅の一次エネルギー消費量と冷暖房負荷の低減を図る為、高断熱・高気密構造とし、良好な室内空気質を保つために、MVHRが必須の設備となっている。高断熱・高気密構造に必要な構造部材や窓、換気設備等パッシブハウス認定の物を使用することによって高い住宅性能を維持することが可能となっている。パッシブハウス基準が厳しいとの議論もあるが、既にパッシブハウス認証の多く建築部材もあるので、エンベロップの基準達成は容易であると思われる。暖房熱量を15kw//年についてはソーラーゲイン(太陽熱エネルギー)を上手に活用することを考えれば十分に達成できると考えている。換気回数も0.6/hとし、24時間に亘って電気を消費する換気システムのモーターの電力消費を0.45wh/㎥を目指す事、つまりDC又はECモーターを装備したPパッシブハウス認定済みのMVHRを装備すべきである。一方、暖房照明、他の電気設備の個々の仕様は規定されていないが、これらの設備は高効率型の機器を使うことで当該パッシブハウス住宅の一次エネルギー消費量120kwh//年を達成可能と考えている。まだ英国でのパッシブハウス基準の住宅は昨年までの実績で250戸と少ないが2016年からのゼロカーボン化がスタートするので、パッシブハウス基準の住宅も確実に増えると期待している。

④ロンドン市内の一戸建て住宅の例 

     講師:ピーター・ランケン氏(建築家)

160年前のビクトリア時代の戸建て住宅を取り壊し、更地にして新築戸建て2階構造としてパッシブハウス基準で設計した。完成は来年4月となる。現在エンベロップ部は出来上がったので、これから内装、設備を入れて行く。設備機器ではMVHRが重要で、設置は一階部分の北側の壁に機器室を設ける予定である。ポイントは居住者が簡単にMVHRのフィルター清掃が行える様に配慮した。また一階にMVHRを設置したもう一つの理由は、外気取入口と排気口を壁に付けることで、MVHRとダクトの連結が最短になるので、熱損失を最小にすることが出来る。自治体に建築許可証を申請したとき、周りがビクトリア時代の建物なので、新築であってもそれらに馴染むような外観デザインに心がけたので、建築認可が下りた。

⑤エクスター市の次世代型公営住宅について

      講師:エマ・オスマンダーソン女史(エクスター市住宅部)

      講師:トーマス・ガートナー氏(建築家)

エクスター市は既にPH基準の21戸の公営住宅を建設済みで、向こう5年間で265戸の建設を計画している。その中には10階建てアパートを計画している。全てパッシブハウス  基準となるが、特に高断熱・高気密構造なので良質な室内空気を維持する為にMVHRを設置するが、居住者にフィルターの定期的な清掃を納得させて行わせる必要があり、居住者教育は大切なことと考えている。それをサポートするため、市職員による定期巡回でフィルターの清掃もれが無いか居住者を教育して行きたい。

MVHRについて

     講師:アラン・クラーク氏(建築家)

MVHRPH基準では設置は必須である。しかし、意外と施工後に試運転して初めて気がつくのがダクトから伝わる音である。これは厄介な問題である。特に、寝室のダクトから容認できないレベルの音が聞こえると最悪である。この事をしっかり踏まえて、ダクトレイアウトと消音には細心の注意を払う必要がある。それから、居住者によるフィルターの清掃を配慮した場所にMVHRシステムを設置することも大切で、一階の床のしっかりした場所に設置する方が、ロフト(小屋裏)に設置するより理にかなっている。なぜならば一階の壁から直接吸排気が出来るので、ダクト配管ロスが最小になること、それから空気は、上下の温度差から、下から上に流れるのが極めて自然で、上から下に流す場合の方が余分なエネルギーを消費することになる。それから湿度も問題となる。湿度は40%60%の範囲内で、理想的には50%が健康に良いとされている。湿度がコントロールされていると、のどの渇きも減り、風邪も引かなくなり、特に喘息を患っている人には良い環境と言える。

パッシブハウスについて(配布資料からの要約)

一般的に、パッシブ(受動的)と言う言葉から、太陽エネルギーを取り込んで暖房や給湯の熱源に利用する印象があるが、もちろんこれも極めて理にかなった無限の太陽エネルギーの活用方法である。パッシブハウスはまず住宅のエンベロップの断熱性能と気密性能を向上させ、特に暖房にかかる熱エネルギーを含む一次エネルギー消費の低減図るべく、以下の項目に配慮した住宅の性能基準である。

1)住宅のエンベロップの断熱性能の向上

2)住宅のエンベロップからの熱の流出入を抑えた気密性能の向上

3)太陽エネルギーを取込み住宅の構造体に蓄熱させ、ソーラゲインとして活用

4)MVHR(熱交換型換気システム)を装備し快適な室内環境の維持

エンベロップ部分の熱貫流率

       外壁、屋根、床  0.15w/㎡以下

       窓        0.85w/㎡以下

       ドア       0.80w/㎡以下

パッシブハウスでは、暖房エネルギーを最小限まで低減させ、夏季の昼間はシェードで太陽エネルギーを遮り、夜間は窓開けによって冷えた外気を取り込みも考慮されている。

建物の年間を通じての快適なレベルを維持する為の温熱環境とエネルギーバランスは地域の気象データーを基にしての、パッシブハウス・プランパック(有料の計算ソフト)によって事前に検証する必要がある。

感想

今回、初めてパッシブハウス・コンフェレンスに参加し、パッシブハウスについての理解が深まった。以外だったのが、全世界でのパッシブハウス基準での建築戸数が昨年までの実績で世界で37,000戸と、英国でも250戸とまだまだパッシブハウスは黎明期であることを認識した。

パッシブハウス基準はエンベロップの断熱性能と気密性能の向上に重きを置き、室内空気環境の維持のために、MVHRが必須である事と、そのメンテナンスについては、パッシブハウス基準には明記されていませんが、その重要性を講演のテーマの一つとして取り上げ、強調していたのには感心しました。

それから、MVHRの設置場所がどうもヨーロッパ大陸では一階か地下の機械室または家事室、クロークに扉で隠す方式が主流である感じを受けました。出展していたヨーロッパの換気システムのメーカーの話では、基本的には屋根の勾配が緩やかな建物が多く、ロフト(小屋裏)のスペースが小さく設置は困難であることから、一階か地下に設置するのが大半だと話していました。これには、別の理由もあり一階か地下に設置するのが理に適っているとも話していました。つまり、一階の場合は、壁に取付けるので、MVHR本体と給排気ダクトの接続距離が最短となり熱損失を最小に抑えることが出来る。さらに吸入空気ダクトを地下に埋設し、地熱を取り込み吸入空気を加熱し、暖房エネルギーの削減に貢献できるとのこと、更に、居住者によるフィルターの清掃もアクセスが良いので簡単にできるメリットもあると強調していました。

換気システムメーカーのAIRFLOW社、Xpelair社の話では、英国の住宅は昔から屋根の勾配きつく、この為、ロフトのスペースが大きくこのロフトにVHRを設置するケースが多いと話していました。もちろん、一階や地下に設置することも可能であるとも話していました。

それから、出展企業の中で目立ったのが窓・サッシのメーカーでした。いずれもパッシブハウス基準の窓の熱貫流率0.85w/㎡を達成する為に、トリプルガラス(三重ガラス)窓が主流で、出展メーカーのトリプルガラス窓は熱貫流率が0.6w/㎡~0.7w/㎡の性能を持っているものでした。今後、日本でも住宅の断熱性能を更に向上させるには、トリプルガラスの採用を検討する必要があるのではないかと思いました。

講師のジョン・デフバー氏(建築家)が言っていた、パッシブハウスは必ずしも居住者にとってベストの設計工法とは言えない。居住者にとって本当に良い工法は何かを慎重に見極めて提案するのが我々の使命であると言っていたのが印象に残りました。

今回のコンフェレンスには女性の出席が多かった印象でした。ちなみに講師では15人中4人が女性、出席者では1/3が女性、学生の出席者では半数が女性の感じでした。この事は建築士やインテリアデザイナーやコンサルタント等の仕事は、もしかしたら女性が持っている感性が生かされる分野なのかと思いました。日本も近い将来、その様な傾向になるのかもしれませんね。

最後に、コンフェレンスで講師を初め、数人の建築家と面識が出来、今後高断熱・高気密住宅に関連する様々な問題点や疑問の解決のネットワークが増強できたことは大きな収穫でした。(了)

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