「ヒトのなかの魚、魚のなかのヒト」ニール・シュービン著2018年11月23日 吉澤有介

-最新科学が明らかにする人体進化35憶年の旅-
垂水雄二訳、早川書房2008年9月刊 著者は、シカゴ大学教授の古生物学者です。本書が生まれたきっかけは、医学部の教授が退職したために、著者が後任として人体解剖学の担当になったことからでした。とんでもない事態でしたが、考えてみると古生物学者には、人体解剖学を教えるうえで、非常に大きい利点がありました。それは人体を知る最良の手がかりが、他の動物の体のなかにあるからです。とくに魚類には、その最もわかりやすい仕組みがありました。

古生物学者としての著者のテーマは、魚から陸生動物に移行した決定的な証拠を発見することでした。それまでにグリーンランドなどの3億8500万年前の地層から、丸ごと魚の化石が発掘されており、また3億6500万年前の地層からは、両生類または爬虫類の多種多様な化石が見つかっていました。とすれば魚が上陸した証拠は、3億7500万年前の地層に的を絞ることです。その地層年代で、化石が残っていそうな場所を探すとすれば、それは火成岩や変成岩ではなく、堆積岩でなければなりません。しかしそのような場所は、地球上で各国の研究チームによってほとんど調べつくされています。そこで著者らが目指したのは、カナダの北極圏の秘境でした。危険に満ちた発掘作業は困難を極めましたが、6年目の2004年の夏、ついにエルズミア島の岩石から頭の扁平な未知の魚の化石を掘り当てたのです。

研究室に持ち帰ったその化石は、魚類と陸生動物をつなぐ素晴らしい中間種でした。魚類と同じく背中に鱗と、膜のついた鰭を持っていましたが、頸と肩があって、頭を回すことができ、鰭の内部には上腕、前腕と、手首の関節まであったのです。骨の形は決定的でした。

19世紀の天才解剖学者オーウェンは、陸生で四肢を持つすべての動物に、明らかな共通点があることを発見していました。それは、上腕に1本の骨、前腕に2本の骨が関節でつながり、その先に小さな骨の塊があって、指の骨につながってゆくというデザインです。

著者らの発見した新種の魚は、一部が陸生動物そのもので、腕の骨は腕立て伏せもできました。地球の歴史で予想された時代に、まさにぴったりの地層での大発見だったのです。

テイクターリクと命名したこの新種を、2006年4月に発表すると、NYタイムズの一面のトップを飾りました。各メデアでも、ヒトの歴史における「ルーシー」にも匹敵すると大騒ぎになりました。この手指の構造をみるだけで、人類が太古の魚類から他の動物とともに進化してきたことがわかります。一方化石は、とうの昔に死んだ動物なので、その進化についての再現実験はできません。サメの鰭からヒトの手指への軌跡はつくり出せないのです。

著者の研究室では、化石の研究グループとは別に、胚とDNAを専門とするグループが、DNAを使った実験によって、魚の胚を化学物質で処理をして、その体を実際に変えてゆくことに取り組んでいます。魚の鰭をつくる遺伝子は、手をつくる遺伝子と同じなのではないか。私たちの体内にあるすべての細胞が同じDNAを持っているのに、それぞれの器官をつくるのは、遺伝子のスイッチの入り方が決め手だからです。古生物学と解剖学、それに遺伝子工学の絶妙な組み合わせで、太古の進化を再現する研究が着々と進展しています。「了」

カテゴリー: 人体・動物 パーマリンク